祝日も頑張る

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川口市神根福祉センターの駐車場、いつもは満車なのに全然車が停まってません

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3階のたたら荘(高齢者の憩いの場)と1階はお休み


20日の月曜日は祝日だが福祉センターはやってると聞いていたのでいつも通り行って見た。
ところが駐車場には車が一台も駐車してなく、やっぱり休みだと思った。
それでもやってると聞いてたので2階のデイサービス送迎者の駐車場に建物脇からスロープを歩いて上がってみた。
シーンとして静かでやっぱり休みなのかなと思ったが、2階にある出入り口に近づいたらガラス越しに中が見えた。
人が居た、よく見ると2階はいつも通りみたいに人が動いていた。

外から合図して開けてもらった、2階は通常通りやってるとのこと、デイサービスに来る人は送迎バスなので部屋に入ってしまうと扉を閉めてしまうのだ。
担当のヘルパーさんがいたので「今日は麻雀のメンバー来てますか」と聞く。
「揃ってますよ」とのこと。早合点して帰らなくて良かった。
部屋の中に入るといつもよりは多少人数は少ないが6割ぐらいは来ていた。

いつものメンバーで始める、3人の方は楽しみにしているらしく皆さん張り切っていた。
相変わらず牌を積むのに苦労しているが、それもリハビリなので余程のことがなければ自分の分は積んでもらう。
それでも始まったら強い、みなさん昔相当やってたみたいだ。

ヘルパーさんはじめ係りの人たちは祝日返上で勤務している、平日の祝日は休まないとのこと。
俺は毎日が日曜日なのでどうと言うことはないがご苦労様なことだ、リハビリに休みは無いのだ。

10数年前にヘルパーの資格を取るために実習で訪問介護やグループホームの施設に行ったがそれを思い出した。
何にしても介護関係に携わる方々は人間性が素晴らしい、いずれ世話になるだろうが「宜しくお願いします」・・・・・。

後期高齢者

後期高齢者という文言は後期高齢者医療制度に加入した年齢を言うのだ。
今日はその記念?すべき加入日だ。
以前は老人保健制度と称されていたが平均寿命が延び高齢者の比率が大きく保険制度を圧迫してきたので制度改正になったのだ。
制度改正後も長寿化が進み制度廃止・改正案が再三国会の論点になってはいるが未だその後の進展は無い。

俺たちが子供の頃の年寄りは還暦になったらお爺さんお婆さんと呼ばれるものだと思っていたし定年も55歳の会社が多かった。
いつごろからか医学の発展や生活習慣、食事の改善に伴って段々と長寿化していった。
長生きは良いことだと思うが年寄りは病気にかかることも多いし当然健康保険も使う。

長寿化は喜ばしいが家族制度の変化や極度の少子化が医療制度を大きく変化させてきている。
厚生年金の全額支給が10数年前から変わり全額支給が65歳になった。
医療制度と相まって高齢者の生活は年々楽ではなくなって来ている、少子化の波は止まらずこの現行の高齢者医療制度も今後はかなり厳しい状態になるだろう。

旧会社の仲間は3浪や2浪(長老と呼ぶ)もいて現役3月生まれの俺は大ラスで後期高齢者になった、この1~3年の「俺もう後期高齢者になったんだ」とのセリフはこれで終止符を打った。

ともあれ大昔の還暦みたいな感じが後期高齢者となった今強く思った初日であった。



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植物園に咲いていたツツジの一種(名前は不明)・・・この時期咲くらしい

クリーン作戦

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我が町内会のクリーン作戦・・・作業しているのは役員の方々です・・・ご苦労様です、まさにボランティアそのものです

いつから始まったか不明だが、俺が住んでいる町内会では定期的に町内のゴミの清掃をやっている。
当然、有志のみだが俺もできうる限り参加することにしている。
写真の集積場所の前は綾瀬川で対岸は越谷市だ、ここに佐藤橋という橋がかかっている。
この橋の上流と下流はかなり離れていて大きな道ではないが交通上かなり重要な橋でトラックや営業用の車の通行も多い。
必ず一旦止まりお互いに対向車をやり過ごし本道の方に行くのだがその止まる時にタバコのポイ捨てや缶コーヒーを捨てる。
ここに引っ越して来た20数年前にはそれはひどい有様でモラルも何もあったものでは無かった。
綾瀬川も自転車が捨てられていたり滅茶苦茶だった、土手の草むらの中には缶コーヒーやペットボトルが散乱しそれはひどく、それこそみんなで通れば怖くない式で日本人はこんな程度かと思った。

それがこの5~6年前ぐらいから徐々にゴミが減って来た、そうなると面白いものでポイ捨てが極端に減ってきた。
汚くしてると平気でゴミを捨てられるが綺麗な状態だと捨てられないのだ。
最近では、クリーン作戦のゴミ拾いではゴミを探すのが大変になったぐらいだ。
滅多に空き缶やペットボトルが見つからず精々風に飛ばされて来たスーパーの袋ぐらいになった。
だが、タバコの吸い殻は全然減ってない、ゴミ拾いはモク拾いみたいになった。
善良なトラックの運転手さんやタバコを吸う運転者の皆さんに是非是非お願い「タバコのポイ捨ては止めましょう」。

もう6年・・・・・まだ6年

東北大震災の日から6年が経ちました、テレビではその為の報道を朝から流してた。
1911年14時46分の俺は心臓のバイパス手術を3日後に控えて御茶ノ水・神田駿河台の日本大学病院に入院していた。
手術時の輸血のための承諾書とその説明を受けるために待機していた時でした。

今は新築の新病院の建物に移ったがその当時はまだ古い建物だったので揺れ方は半端ではなかった。
備え付けのベットの後ろの壁にくっついていた大きなロッカーが反対側まで動いてしまった。
俺はベットに付属していた食事をする机のようなものの下にうずくまって揺れがおさまるのを耐えていた。
終わりそうで終わらない地震は全く初めてだったので恐怖は半端ではなかった(時間が凄く長く感じられた)。

地震があんな怖いものだとはその時初めて知った。
その後余震があるたびに携帯電話の警報は鳴るし(同じ部屋の人のものも鳴った)地震がまた続くのかとも思った。
テレビでは津波の様子をずっと中継していた、沿岸の大部分はは釣りで行った所だったので地形は分かっていたが悲惨な光景は目を覆うばかりだった。
長男が原発の近くのJヴィレッジで働いていたので心配して電話したが全く通じず凄く心配した。
次の日の朝方ようやく連絡が取れたが地震の時は現場には居なくてたまたま塩釜から高台に移動した時だったらしく直接の被害は無かったと言っていた。
長男のその後のことを書くと長くなるので省略するが、彼のその後の人生は大きく変わってしまった。

俺の手術は地震の日(金曜日)から3日後の月曜日に行われた、まだ余震が続いた中で行われたが運が強く成功してくれた。
そんなこともあった3月11日だったので何年経っても強烈な印象な拭えない。
だが、たった6年しか経過してないのに随分以前のような気がする、この感じは何なんだろうか・・・・・・


今年の花粉初日

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県民健康福祉村の池・・・かなり水ぬるんで来た

今年の冬の寒さもようやく遠ざかってきたこの頃だが俺にとって厄介な花粉症が現れる頃でもある。
花粉症って昔あったっけ、いろいろ調べてみました。
俺が花粉症と認識したのは転勤で福島市に住んだ時からです(30年前)。
東京から行った福島市は周りが山に囲まれた盆地で、その山々には杉の木がびっしりと植えられていた。
赴任した月は4月だったので風邪のような症状は直ぐに収まり転勤のための歓送迎会の連ちゃんだったから体力が落ちて風邪を引いたのかと思ってた。

ところが、次の年の3月中旬から一気に花粉症の症状が現れこれは大変だと思って医者に行ったら「花粉症・・・スギ」だったのだ。
何で、思い返すと福島に赴任する前の前は(7年前)小倉にいたが東京に転勤が決まった3月に風邪のような症状になったのだ。

5年も勤務したので転勤が発表になってから連日送別会が続いてそれで体力が消耗したのかと思っていた。
それにしても熱は出ないし代わりに鼻水がやたら出てどうしてかなと思っていた。
その頃(1980年代)は花粉症という存在はあったらしいが全く認識していなかった。
5年間の東京の生活でも花粉症とは無縁だったがそれは認識してなかっただけでもしかしたら花粉症になっていたのかも知れない。
3月にはいつも風邪を引いていて何でかなとは思っていたがまさか自分が花粉症とは夢にも思っていなかった。

スギ花粉症発症説は諸説あるがどうも戦後荒廃した山に一斉に杉やヒノキを植林したのが成長して(30年後)それが花粉を撒き散らしているのが原因らしい(かなり信ぴょう性がある)。
アレルギーになると毎年症状が出るとなっている、意外とデリケートだね何て言われるがどうも俺らしくない。

面白い説がある、スギが沢山ある山間のゴルフ場に行った時に、プレーしている間には全く花粉症の症状が出なかったのだ。
プレーしたその日家に帰ってから鼻水・涙・目がかゆい等々バッチリ花粉症の症状が出た。
知人の医師(呼吸器科)にその話をしたら彼はそれはアドレナリンのせいかもしれないと言った。

花粉症とアドレナリンの関係を調べてみたら、いろいろ諸説がありこれも信ぴょう性があって(都合よく思い込む)3月・4月のゴルフは気合を入れて頑張ってやれば花粉症がすっ飛んでしまうゴルフ性善説だ。

早く筋肉痛を治してゴルフ場に行き花粉症ともおさらばしたいものだ。
プロフィール

カメ爺さん

Author:カメ爺さん
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 サラリーマン歴38年(北は仙台、西は福岡、転勤13回)いろいろあった会社生活だった。
(企業戦士というシーラカンス)
 定年後は8年間後輩の会社の手伝い、現役時代の暴飲暴食がたたり狭心症になる、カテーテル4回後ついにバイパス手術する、
退院後突如、毎日が日曜日になってしまった。
川口のマンションで妻と二人生活、
子供3人孫3人。
趣味は船釣り・ゴルフ・読書(池波正太郎・藤沢周平)喫茶店巡り・散歩

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