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知人の誘いで料理サークルに顔を出す、講習会ではないので参加の皆さんはベテランばかりだ。
数年前に地元の戸塚公民館の料理教室で習った皆さんがその後継続して先生についてやっている会とのこと。
場所は戸塚公民館ではなく神根公民館の厨房を使って続けているとのこと。
会員は10数人でみなさん料理作りが大好きな面々だ。

偶然にも盛人大学で同じ班だった人がいて一安心だった。
先生は俺が公民館で蕎麦&ピザ作りを教えていただいた時の同じ先生でそれも顔を出す動機になった。
神根の厨房は冷房が効いてなく尚且つ作業のスピードにも付いていけないので頭がボーッとなった。
冷たいお茶が配られて少しは落ち着いたが「こりゃあ暫くは皿洗いで貢献するしかないな」と思った。

献立は①アジの冷や汁 ②ひんやりジュレサラダ ③フルーツサラダ ④鶏味噌 と盛り沢山だ。
みなさん凄いスピードでこなしていく、先生の号令もガンガンするが全員苦もなくこなしていく。
講習会と同好会とではえらい違いだ、俺は切ったりとか作業はできるが単身赴任時代の全くの自己流なので料理用語が全然分からない。
計量も大さじ何杯とか正確に測ってやったこともないので先輩方のやり方をみてまねしたり兎に角下働きに徹した。
終わってから仲間や先生からどうだったですかと聞かれたが「まずは続けてみます」と言った、何せ暑さが凄かった。
素麵を作ってアジの冷や汁や鶏みそで食べた、冷や汁はイマイチだったが鶏みそはいけた、次回は9月だ・・・参加する。

夜は三水会(盛人大学の東川口近辺の仲間の飲み会)で暑気払いだ、何時もの「笑笑」がとれなかったので駅前の「和民」で行う、8人の参加で6時から始める(約2時間半)。
最近は飲む量が減って来た、それでも皆さん勝手な話題でそれぞれ盛り上がった。
次回は9月の第三水曜日だ、しかし今年の夏は暑いし疲れる・・・毎年同じことを言ってるような気がするが。



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ペチュニア赤紫・・・こいつは暑さに強く元気だ、実物はもっと鮮やかな色をしている

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春さん

今住んでいる所に引っ越して来てから26年たった。
引っ越し当時、俺は単身赴任で東北に8年間居させられたのでここには正確には20年弱だ。

東京に勤務が変わり家から通うようになったわけだが、定年が近づくにつれて住み始めた場所に全くコミュニティが無いのに気付いた。
仕事を辞めたらその後どうなるのだろうかと思った、例えば一杯飲み屋も知らないのだ。
東京のような都市圏は地価が高いのでどうしても郊外に住むようになる。
東京だと八王子、町田。千葉だと千葉市周辺や茂原や近くても船橋、松戸だ。神奈川は川崎の麻生区とか横浜の戸塚区が限界だがいろんな理由でみんなばらばらだ。

旧会社の仲間と一杯飲みをするためには新宿とか東京駅近辺まで出て来てもらって一堂に会するという大げさなものになって精々多くても年に何回かとなってしまう。

やはり近くの飲み屋がいいね、でも肝心の飲み仲間がいないのだ。
そこで俺はまだ勤務している時に考えた、駅から家に帰る途中に寄る所がないか。
何軒か入ってみたがこれという飲み屋にぶつからなかったが、駅からは少し離れたところに親子でやってる飲み屋があった。
「稲」という飲み屋で、ここのママさん(おばさん)はお好み焼きをやっていたらしいが息子が寿司屋で修行したので店をミニ割烹みたいに変えて厨房をその息子に任せるという形式にした。

お好み屋兼焼き鳥屋だったので当然常連さんはいたよ。
このあたりの他の店も常連客なる連中が必ずいて幅をきかせている。
「稲」に入った時その常連さん達から一斉にジロジロ見られた(観察された)。
「何で俺たちの店に一人で入るんだよ」・・・と、いう感じだった。

おばさんは新しい客にしようと話しかけてくる、当然近くに住んでいるので話は合うが常連にはそんな光景は面白く無い。
それでも一人で何回か通った、カウンターの隅にトロフィーがあったので彼らに「これなんですか」と聞いてみた。
大きなトロフィーで短冊が何本かかかっていて「それはこの店の客でボウリング大会をやった時のものだよ」と返事があった。
「もうボウリングはやらないんだ」と言う、常連の中でも若手の地元の大きな運送会社の役員の修さんが「これからゴルフやろうと思ってるんだ」と言った。

「俺も入っていいですかね」と言ったら「大歓迎だ」と言ってくれた。
修ちゃんが常連のみんなに話しかけて早速ゴルフ会が実行にうつされた。

第一回が栃木の「あさひヶ丘カントリークラブ」で行われた。
そこで俺は何と81で回ったのだ(当然ぶっちぎりで優勝)、みんなびっくりして「なんで、あんなじいさんが・・・」・・・今から15年以上前です・・・。
それから俺はその店「稲」でも一目置かれるようになって、すっかり彼ら常連の仲間入りができたのだ・・・芸?が身を助ける。

「俺の本当の趣味は船での釣りなんだ」と言ったら、「船を仕立てて行こうぜ」になった。
それからしばらくは何人かでの釣り行脚が続いたのだ。
釣って来た魚は「稲の若大将」が捌いてくれるのでいくら大漁でも楽勝だった、釣ったばかりの魚を肴に大いに盛り上がったものだ。
当初の俺の目論見は十分に達成できたと思っていたが世の中俺の思うようには出来てないのだ。
この若大将が突如「うどん屋」をやりたくなったので、千葉の海岸の方に店を移すなんて言って「稲」は消滅してしまった。

常連は行くところが無くなってしまってみんなバラバラになってしまった。
ただ、釣り仲間は残って、特に「春さん・鉄行さん」らとその後毎月釣行を重ねた、そこに春さんの幼友達の勝さんが入ってきて5~6年は続いた。

ところが春さんの奥さんが具合が悪くなってそれもだんだん悪化してきて24時間タンを取ってやらなくてはいけなくなった。
主役の春さんを差し置いて俺たちだけでは気が引けたので釣りも行かなくなってしまった。

春さんはお子さんがいないので仕事も辞めて奥さんの看護をずっと続けた(正味5年間)。
その奥さんは病魔に勝てず昨日なくなった(飲み仲間の利夫さんから連絡あり)、春さんに電話したらがっくりしていた。
俺には到底できないであろう凄い看病だった、「看病を5年間も本当にご苦労様でした」といってあげた。

釣り仲間も長い付き合いのうちには勝ちゃんが亡くなったりと寂しい限りだが、人間は永遠ではないので運命に従うしかない。

今日は写真も無い長いブログになってしまった。



花より団子(焼き鳥)

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井之頭公園でお花見で~す

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咲いてるとこだけを写しました

毎年この時期には吉祥寺に住んでいる小学校時代の同級生の倫ちゃんとお花見でした。
去年、仲間を呼ぼうぜと小学校時代の同級同窓会の幹事役のY君に頼んで招集をかけてもらいました。
後期高齢者の面々が10人集まりお花見を決行の運びとなった訳だが、毎年二人の爺さんでお花見をしていた時には満開だったのが(時期は全く同じ)今日は、この何日間かの低温が災いして2~3分咲でした。
桜は写真では5分咲きみたいに写ってるが実際はまだまだ蕾かせいぜい3分咲きの木が多く、花見客も写真に写ってるような所は希で殆んどまばら状態、そして気温も低かったせいかイマイチ盛り上がりが欠けた。

それでも、1年ぶりに会った連中ばかりだったので歩きながら話が弾んだ。
会食会場の焼き鳥屋に予約した時間より早かったが、そこは顔の倫ちゃんが話をつけてくれて少し早めに会場入り。

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こ洒落た焼き鳥屋で初めての連中も満足してくれた。
お決まりの「昼ビール」、旧交を温めての乾杯を地元住人の倫ちゃんにやってもらって同級同窓会がスタート。
去年、何年かぶりの同級会が先月のように感じるぐらい話に花が咲き2時間半があっという間に過ぎた。
幹事役のY君が「これからもっと頻繁に会おうよ」とのことで皆さん賛同(こういう時は勢いがある)。
歳をとれば取るほどお喋りの機会が増えるのは良いことだ、この調子では次回は秋になるかも(この指とまれだ)。

さて、明後日は地元の長屋門の仲間のお花見だが井之頭公園よりもまだ咲いてない・・・・開花宣言日は例年通りだったが、自然は気まぐれだ・・・・・・・

街ゼミのおさらい

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2月にやった川口商工会議所主催の得する街のゼミナールで行った2箇所を再度訪問する。
写真の「かのん」は利き酒で行った「丸高寿屋商店」と同じ所にある奥さんがやっているカフェというかレストラン風な食堂です。
「かのん」とは音楽で使われる用語みたいです(お嬢さんが音楽家だそうです)。

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このお店の総菜はとっても美味しかったので酒店というよりこっちの店に来たのだ。
取り敢えずご指導を受けたご主人には型通りの挨拶をしてから同行の長屋門の厚川薬局長とビールを注文する。
瓶ビールでラベルはサッポロだった、川口には以前サッポロビールの工場があったのでその名残でサッポロを使ってるとのこと。
ビールのつまみ(おかず)はこの後チーズ入りトンカツが出た、家庭の味というか何でも美味しい店だ。

ご飯まで出そうだったが次に行くウイスキーバー「アラサイト」のため遠慮した。
厚川氏はご飯食べたそうだった、お腹が空いてるらしかったので「アラサイト」に行く途中で立ち食い蕎麦屋に寄る。

川口駅の西側からお花見で何回か来た西公園を通って東側に出る。
「アラサイト」はそごうの裏手の栄町(繁華街)にある、名前の由来はアラは荒川をもじってつけたんではなかろうか。
店の中は若い男女が数組来ていた、結構流行ってる店だったのだ。
この前習ったハイボール(角を使用)を注文、アシスタントのお兄さんと話してたらマスターが来てくれた。
覚えていてくれて効き酒の時のスコッチの名前の確認を話のネタにした。
2杯飲んでまた来るよと店を出る(感じの良い店だ)。

珈琲愛好会の反省会&お花見の打ち合わせ(多少こじつけではある)だったがたまには東川口を離れて飲むのも良いものだ。
お花見の本当の打ち合わせ?は直前にまたやろうと別れた(笑)。


東川口⇔立石

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東武鉄道 スカイツリー線・・牛田駅(北千住から1駅)

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京成電鉄 京成関屋駅 鉄道会社が違うので同じ場所にあるけど駅名は違う

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京成の駅だが諸方面に色んな線が交錯している・・・何度来てもよく分からない

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立石駅前・・・立石駅は青砥と押上を走る京成電鉄押上線で青砥駅から一つ目の駅
この店は12時から開店らしく凄い人だかりだ・・・多分、テレビの番組に出た店だろう・・・テレビで見ると必ず行く人がいいる、大概グループで来るので一気に人が増える。

友人が参加している蕎麦打ち会で年に何回か飲み会をやる、俺は蕎麦打ちはやらないので飲み会のみ参加する。

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この店はお蕎麦屋さんでもあるが蕎麦打ち道場でもある・・・外から見ると普通の店だが中に入ると凄い


旧会社のOBが集まって葛飾区の立石で蕎麦打ちの研究会をやっている。俺も再三誘われてはいるがこれ以上趣味が広がっては懐に響くのでやんわり辞退している。
その会が「通称、蕎麦飲み会」と称して年に何回か飲み会をやる、これには参加させて頂いているが会場にしている所が立石の蕎麦道場で家からは時間的にはそれほど遠くはないが乗り換えが多い。

4回乗り換えた、先ずは武蔵野線に東川口駅から1駅乗って南越谷駅で乗り換える。
そこから東武スカイツリー線(伊勢崎線と言ってた)新越谷駅(ここでも名前が違う)で急行に乗って北千住駅まで行きホームの反対側から浅草行の普通電車に乗り換えて1駅牛田駅まで行く。

牛田駅の南側に別の電車の駅がある、京成電鉄の京成関屋駅だ。
そこから普通電車に乗って3駅で青砥駅に出る、青砥から乗ったのは何と京浜急行だった。
JRもそうだが私鉄間の乗り合いも凄い、色んな線が錯綜してその線も急行だったり普通だったりで間違えるととんでもない方向に行ってしまったり、降りる駅を通り過ぎたりする。

青砥から1駅(この区間は押上まで京成電鉄)で立石駅に着く1駅区間を3回繰り返す。
殆ど乗ったら下りるの繰り返しだった、こういう経験は少ないが飽きなくて良い。

昼からの飲み会なので酒が回るのが早く、さすがに寄る年波でもうあんまり飲めない。
帰りに入社同期のI君と二人で立石のドトールで駄弁ってから帰る。
古い商店街側にはコーヒーショップが無くて向こう側に行ったらあるんじゃないかと踏切をこえて行ったらあった。

俺が住んでいる東川口駅周辺にはコーヒーショップチェーンが一軒も無い、なんでだろう・・・・・・
プロフィール

カメ爺さん

Author:カメ爺さん
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 サラリーマン歴38年(北は仙台、西は福岡、転勤13回)いろいろあった会社生活だった。
(企業戦士というシーラカンス)
 定年後は8年間後輩の会社の手伝い、現役時代の暴飲暴食がたたり狭心症になる、カテーテル4回後ついにバイパス手術する、
退院後突如、毎日が日曜日になってしまった。
川口のマンションで妻と二人生活、
子供3人孫3人。
趣味は船釣り・ゴルフ・読書(池波正太郎・藤沢周平)喫茶店巡り・散歩

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