柳の下の泥鰌(どじょう)

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天気晴朗なれど波高し

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前方は猿島・・・アジ用タックル(竿)、リールはシマノの小型電動リール(小船1000)

この前のゴルフから雨続き、やっと晴れてくれてこの日は釣友の春さんとそして今回から春さんの友人が一人参加。
行きの車の中で今日は穏やかだから海も浪が無くていいよな何て言いながら金沢漁港に着く。
しかし、陸上と海上は中々イコールとは言えないのだ、波はその場の風だけではなく前日や遠くのうねりにも影響するのでやっかいだ。

それでも雨は降らずマアマアの釣り日よりだ、この日の潮は大潮の一日目これが結構この日の釣果に影響した。
前回、大漁だったので今回もと意気込んで出船(船は前回と同じ青田丸)。

だがだ、競馬で言う「二走ボケ」じゃないが当に「柳のしたには」の世界になった。
全く釣れないのだ、船はこの前釣れた旧第三海保の海上らしきところを狙っていたようだが、全然釣れず。
そこは諦めて以前良く行っていた猿島沖で狙う、ここは型は小さいが何とかポツポツとは釣れる。

春さんが小型のアジを釣ったのだがこの前なんかはタモ網を使わないでそのまま抜き上げたのを大事にタモを使ってようやっとゲットしていた(笑える)。
俺にも来た、かなりの引きでこれは前回同様の大きさの大アジだ、春さんは横目でチラッと羨ましそうに見ていた。
釣りってえのは仲良しでも何となくライバル心があり心理は非常に微妙だ。

ここでも長くは持たず船長もお客が少しは釣ってくれたので良しとして又元の場所の移動する。
その内大潮の本領発揮で潮の流れが凄くなった、底だちを上手く取れないのでコマセを撒くタイミングが悪く全然釣りにならなくなってる内に沖上がり(終了)になってしまった。

釣果は俺がこの前の半分、春さんは三分の一だった、友人も初参加で春さんからこの前の釣果を聞いて期待してきたが残念でした。
釣りには絶対はない、自然相手なのでその時その時が勝負だ。

昔からこういう状態のことわざは多い、期待し過ぎたり思い込みは禁物だが趣味の世界は欲張りが多いのは楽しみを求める心が強いということだろう。

波がきつく背中の筋肉が痛く成ったり家に帰って右ひざを見たら痣になったりしていた、それでもまだ出来ることに感謝だ。
でも、疲れた・・・・・・・
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東京湾口黄金アジ37センチ

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やりました、黄金アジ記録更新です

今日は釣友の春さんとの復帰第一戦でした、6年間奥さんの看病で大好きな釣りを止めていた春さんはリールからバッテリーまで新調しての釣行でした。

俺も同じく6年ぶりでしたが、その間ボート釣りやハゼ釣りなんかやっていたので余り違和感がなかった。
4時30分に起床、こういう日はやたら早く目が覚める。

5時に迎えに行く、今までは他に勝さんがいたが今回から二人組だ。
6時40分金沢港に到着、春さんは焦っていて長靴忘れて青田丸の店で貸してもらっていた(よくいますよ・・・何て言われていた)。

以前は彼ら仲間がまだ働いていたので平日の釣行は初めてだ、中乗り(助手)も含めて何と4人で出港。
20人は乗れるんじゃないかという船に4人とは贅沢なものだ、俺たちは右舷に乗る。
おれは右後方の大ドモだ、釣り座としては最高。

40分ぐらい船は走る、猿島が右手に見える旧第三海保跡近辺で停泊水深は約50メートル。
電動リールを使う深さとしては浅い方だ、いざ仕掛けを海中に落とすときにエッと感じた、130号ビシがやたら重く感じるのだ。
この6年間に肩周辺の筋肉を使っていないせいか物凄く強く負荷を感じたのだ。
当にこれが老化なのだな、それでも電動リールなので何とかこなせたが。

船内初ゲットは春さんだった、それも最初から30センチオーバーの良型マアジだ。
きっと奥さんが看病のご褒美に釣らせてくれたんだ。

春さん満面の笑顔・・・・・・CIMG2890.jpg
借りた長靴履いてます・・・手前のタモが大活躍でした


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春さんが上州屋で買ってきた秘密エサです、この他バイオ赤タンも持ってきていた(6年経っても忘れていなかった)。


しばらくして俺も釣れた、凄い引きで何だこりゃ何て騒いでタモに入ったのは35センチクラスのマアジだ。
その後俺と春さんは釣りまくる、殆ど30センチオーバーの良型マアジだ、外道の鯖は東京湾口から姿を消したらしい。
外道は小型のサメで春さん2匹俺が1匹、気持ちが悪いのでリリースする、サメが来ると暫くアジがこない。

左舷大ドモの人(鎌倉・・ホットキャロットのシェフ)がお煎餅くれた「今日の型は大きいですね」何て嬉しそうに言っていた(彼も釣りまくっていた)。
釣れるアジは殆んど30センチオーバー何て今まで記憶にない、これも春さんのお陰だ。

と・まア、良い事ずくめだったが、世の中そうは上手く行かないように出来ている。
俺は古いバッテリーを持って行ったがそれが仇になってしまったのだ。
家でテストした時は動いたのだが使い始めて直ぐに途中で送電が途切れてしまう。
しょうがないので船の備え付けの電源に変える、変えると電動リールの元入れた記憶装置がなくなってしまい正確な数字が出てこなくなった。
何とかごましながら注意深く釣ってはいたがチョッとした油断で仕掛けを上げる時に強く巻き過ぎて糸が切れてしまってビシと仕掛けを海に落としてしまった。
仕方ないので船長から借りたが、アジがかかった時に油断して横見して話しているうちにまたまた巻き過ぎて同じことを繰り返した。
またビシを貸してくれると言うがもう釣れ過ぎてクーラーに入りきらなくなっていたので俺はそこで止めた。
その後は春さんの助手をやってタモですくってやったりと時間稼ぎをした。

アンドンビシ2個も落としてしまったが釣果が凄かったので結果良しとする(数は大したことなかったが型が良型ばかりだ)。
それよりも春さんが沢山釣ってくれてご機嫌だったので俺は大満足だった。

帰ってからクーラーを開けてみたが30センチオーバーばかり17匹(30センチ未満はカモメの餌になっていた)。
春さんは30匹はいってただろうと思う、本当に良かった釣行だった(良かった・良かった・・・嬉しい日だよ)。


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大型クーラーはもう重くて持てないので小さなクーラーにした、船の人はこれじゃあ小さ過ぎるよ何て言ってたが今ではこれが精いっぱいだ。
魚が大きくて曲がってしまっていた。

釣行の準備

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仕掛け作り

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バッテリーの充電

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ロッド(竿)に電動リールを取り付ける

明後日に2011年11月以来の海釣りに行く、かなり長いブランクだった。
何年も一緒に行っていた春さんの奥さんの具合が悪くなり付きっきりの看病のため断念していた。
その間メンバーの一人の勝ちゃんが糖尿病で入院その後遺症で亡くなってしまった。
何回か一緒だった鉄さんはゴルフ道に専念して釣り道具は売ってしまったとのこと(凄く良い竿を持っていたが)。

今年になって春さんの奥さんが亡くなった、今回はその春さんと二人での釣行だ。
この6年の間に各人それぞれ環境が変わってしまったが、それでもまた海釣りが出来るとなると気分が高揚する。

6年間全く船に乗ってなかったのですっかり準備の仕方を忘れてしまった。
仕掛け作りも思い出しながらやっと出来た、目が相当悪くなってきている。
バッテリーも充電してみたが使ってみるまで分からない(船には電源があるが)。
持って行くものを書き出して春さんに伝達する、彼のリールは電動に反応しなくなって新しく買ったとのこと(高いよ)。
俺のも一度メンテナンスに出したが修理賃が結構高かった。

明後日は潮回りが余り良くないが(小潮)何とかなるだろう(もう大漁は期待しない)。
一日中道具を取り出したり仕掛けを作ったりした(腰がパンパンだ)。
好きな事なら一日集中出来る、船宿(金沢港青田丸・・ビシアジ専門)にも出船の確認をした(7時20分出港)。

準備は万端整った、春さんは上州屋で人工のアオイソメを買ったとか言っていた。

果たして体力が持つかだ、船は一人のためには引き返さないからね(明日は船酔い止めセイブを買わなくっちゃ)。

海釣り・・・18

「セイブ」

8年簡に渡った東北の釣りも東京勤務に変わり終わった。
東京近辺は岸壁・河口・磯などは釣り人が多いことと場荒れがしているので陸からの釣りは諦めて船に乗ることにした。
船での釣りの最大のネックは船酔いだ、通常は酔い止めの薬を飲まなくても平気だがそれでも海が荒れ始めると気持ち悪くなる。
船酔いが始まるとその日の釣りは全く面白く無くなって来るんでは無かったとなる。

そんな時に絶対に船酔いしない酔い止めの薬に出会った。
この薬のお陰でその後の釣り人生が変わったのだ。
「セイブ」という商品名で小林薬品工業から発売されている優れモノだ(ドリンク)。
銚子の手前に飯岡漁港という小さな漁港がある、そこの「隆正丸」にあった。

スポーツ新聞で探した飯岡港の隆正丸にしばらく通った。
家からかなり遠かったが釣り欄の釣果がいつも多いのにつられて朝早くから出かけたものだ。
対象魚はアジやハナダイで、この頃は胴づき(仕掛けの下にオモリがある)のエサ釣りだった。

飯岡は外房で外海のためいつも海は荒れている、酔い止めの薬が無いと結構厳しい。
「セイブ」のお陰で船酔いは全くしなくなり、友人達も船は駄目だよと言う連中もドンドン参加するようになった。
その話を(酔い止めの薬)聞きつけて同行者は益々増えてそれなら乗り合いではなく仕立て(チャーター)しようと言うことになった。

次回から船釣りバージョンになります。

海釣り・・・17(女川湾の穴子)

2011年の東北大地震で宮城県の太平洋沿岸は壊滅状態になってしまったが遡ること20数年前の女川湾の釣りです。
女川湾から始まるリアス式海岸は非常に変化にとんだ漁場でもあった。
湾は海岸から一気に深くなっていてボートで10分も漕ぐと水深は50メートル以上になる。
そこを利用して生け簀で養殖が行われていた(銀鮭と呼ばれた鱒の養殖? いろんな魚が養殖されていたようだ)。

1月のある日(もう正確には覚えていない)、いつもの4人組で女川湾に釣行した。
今考えるとどうして女川湾に行ったのか不明だ(多分釣り情報誌かもしれない)。
目的は生け簀周りで何が釣れるか分からないが兎に角何かが釣れるのだろうと極寒の湾に行ったのだ。

記憶にあるのは早朝6時ごろか?仙台の家を出たのは4時前だった、女川の気温がマイナス12度だったのを覚えている。
どこかで気温を表示してたのだがそれもどこだか(七十七銀行か?)忘れてしまったが気温だけは覚えている。
知人を通じてボート(船外機付き)の手配をしてあったが、ボートが係留してある所が湾の奥の小さな港でそれも漁船を三隻越えた三艘目の外側にくっつけてあった。
大きな船から順次小型の船に移るのだが船の縁は凍っていた。
その頃は何とも思わなかったが非常に危険な行動だったと思う、縁を滑ったら一巻の終わりだった。

何とかボートに乗り移って湾内に漕ぎ出し真ん中辺りの生け簀にボートを係留した。
深さは50メートルはあった、取り敢えずエサのアオイソメを付けてチャレンジした。
海底は穴のような感じだった、生け簀には定期的にエサをやりに来るので生け簀の外側にエサを求めて魚が集まってくるようだ。

ボート上では本当の寒さを体験した、上下着れるだけ厚着をしていったのだが全然着ているような感じがしなかった。
ホカロンも付け携帯用のガスバーナーも持って行ったが全然効き目が無かった(なければもっと大変だったが)。

一行は震えながら日が差すのをひたすら待った、その内慣れたのか執念か釣り始めた。
釣れたのはアイナメだった、結構数釣れたので寒さを忘れたのかもしれない。

生け簀の見回りやエサをやりに漁師が来るので場所を移動してみたが生け簀から離れると全く釣れなくなってしまう。
夕方、暗くなって(信じられないが12時間以上ボートに乗っていたのだ)から元の生け簀に係留して再挑戦したところ穴子が釣れ出した。
同じところにアイナメも穴子も同居しているのだ、食性が違うので昼間はアイナメがエサを食うし暗くなってからは穴子が食うということだ。

この日の壮絶な釣りは10数時間に及んだ、釣り人は気がおかしくなければ出来ないと思ったよ。
誰も文句も言わずただひたすら狭いボートに居たのだそれも極寒だよ、20年以上経った今思うと本当にそんなことがあったのかと自分を疑うが、本当のことなのだ。

大震災で女川の町は壊滅状態になってしまい、特に港は全滅したようだし銀行や商店街は海岸に近かったので流されて何にも無くなってしまったようだ。
地震から6年経ったので復興はしただろうが湾内のおびただしい数の生け簀は戻ったのか、機会があれば景色だけでも見に行きたいと思うが遠いからなア・・・思い出だ(幻か・・・)。
プロフィール

カメ爺さん

Author:カメ爺さん
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 サラリーマン歴38年(北は仙台、西は福岡、転勤13回)いろいろあった会社生活だった。
(企業戦士というシーラカンス)
 定年後は8年間後輩の会社の手伝い、現役時代の暴飲暴食がたたり狭心症になる、カテーテル4回後ついにバイパス手術する、
退院後突如、毎日が日曜日になってしまった。
川口のマンションで妻と二人生活、
子供3人孫3人。
趣味は船釣り・ゴルフ・読書(池波正太郎・藤沢周平)喫茶店巡り・散歩

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