平成29年度の盛人大学

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盛人大学の今年度の授業が本格的に始まりました、俺の今年の受講コースは「社会起業・ビジネスコース」です。
今更、起業もあり得ないですが講師の先生方の成功感をお聞きしたいと思い参加した。

今日の講師の方は難病を克服し、大手企業のサラリーマンから独立して趣味の写真を活かした事業を立ち上げたそうです。
逆境に強い意志を持った方の様ですが、その中にも優しさや使命感を持ち営利優先ではない人生観が彼を支えた大きな要素のようです。

成功できない例もあげていて聞いていて納得できることが多かった・・・・・

やはり鉄則はあったのだ
①人の話は聞かない
②お金のことばかり言う
③やることがころころ変わる
④不幸自慢(自分が悪いんじゃない)、出来ない理由(条件が悪い)
⑤時間にルーズ

成功者・・・楽しんで仕事をしている、すべては自分にと言う覚悟がある。
起業の大事なことは儲け主義では駄目で思いやりやストーリーが明確であることだそうだ(納得)。

俺は使用人で終わってしまったが起業する人は一本芯が通っている。
今日の講座は長く人生をやっている俺には共感するところが多い内容だった。





伝右川土手の「ガクアジサイ」日本が原種らしい

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ヨーロッパから逆輸入のアジサイ

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`来るべき時が来たか・・・

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ピントが合ってないので使いました(ブログ1000回以上になるがカメ爺初登場です)

栃木ノースヒルズGC アウトスタートホールちょこっとビールを飲んでスタートです。
中がカメ爺、右が金ちゃん(長女のご主人)左が永ちゃん(弟の長男)

今日は甥っ子がようやっと休暇が取れたので久し振りに明さんも誘ってゴルフです。
一週間前の天気予報では降雨確率が60%だったので「まあこの時期は雨でもしょうが無い」と言ってたが、「自称晴れ男」の永ちゃんが参加してくれたので見事にうす曇りの天気になった、この時期としては最高のゴルフ日和だ。
俺は永ちゃんに「人間テルテル坊主の称号をあげるよ」と言った、そのぐらいご利益があったのだ。

さて、今日はコンディションに反比例して俺のゴルフは散々だった。
スタート前はいつもの調子で「今日はオリンピックやるぞ」なんて張り切っていたが・・・

最初のホール、ティーショットはマアマアだったが第2打をシャンク気味に右に押し出してボールが崖から落ちてしまった(OB)。
上から見たら遥か下の方にボールがあるのではないか、どうしようかなと思ってたが下りて拾いに行った。
下りる時は良かったが戻って上る時に昨日の雨のせいか土が柔らかくてズルズルしてなかなか上がれない。
ようやく上がってきたがすっかり息が上がってしまってその後しばらくは体がいうことをきかなくなってしまった。

何がどう悪いかも分からず、兎に角自分の身体じゃないような不思議な感覚が続いた。
いつもは得意なワンパットゲームのオリンピックもパットが全然決まらずショット悪しアプローチも寄らずパットも入らずで。
何と上がってみたらトータルスコアが45年前に始めた時のスコアに逆戻りしたような結果になってしまった。
今までも悪い時はあったがこんなことは全くなかった、ジャンボ尾崎が予選落ちするような(スケールが全く違うが)そんな有様になってしまったのだ。

歳と言ってしまえばそれまでだが、こんなことでは趣味が一つ減ってしまう。
誰もが通る道だろうが、まだ待ってくれと言いたいが。

次の(来週火曜日)4日後にあるコンペでの様子をみたい、今日は疲れたし足腰が痛い。
天気も良く仲間も最高だったのであのボールを拾いに行かなければと反省しきりだ・・・・・

春さん

今住んでいる所に引っ越して来てから26年たった。
引っ越し当時、俺は単身赴任で東北に8年間居させられたのでここには正確には20年弱だ。

東京に勤務が変わり家から通うようになったわけだが、定年が近づくにつれて住み始めた場所に全くコミュニティが無いのに気付いた。
仕事を辞めたらその後どうなるのだろうかと思った、例えば一杯飲み屋も知らないのだ。
東京のような都市圏は地価が高いのでどうしても郊外に住むようになる。
東京だと八王子、町田。千葉だと千葉市周辺や茂原や近くても船橋、松戸だ。神奈川は川崎の麻生区とか横浜の戸塚区が限界だがいろんな理由でみんなばらばらだ。

旧会社の仲間と一杯飲みをするためには新宿とか東京駅近辺まで出て来てもらって一堂に会するという大げさなものになって精々多くても年に何回かとなってしまう。

やはり近くの飲み屋がいいね、でも肝心の飲み仲間がいないのだ。
そこで俺はまだ勤務している時に考えた、駅から家に帰る途中に寄る所がないか。
何軒か入ってみたがこれという飲み屋にぶつからなかったが、駅からは少し離れたところに親子でやってる飲み屋があった。
「稲」という飲み屋で、ここのママさん(おばさん)はお好み焼きをやっていたらしいが息子が寿司屋で修行したので店をミニ割烹みたいに変えて厨房をその息子に任せるという形式にした。

お好み屋兼焼き鳥屋だったので当然常連さんはいたよ。
このあたりの他の店も常連客なる連中が必ずいて幅をきかせている。
「稲」に入った時その常連さん達から一斉にジロジロ見られた(観察された)。
「何で俺たちの店に一人で入るんだよ」・・・と、いう感じだった。

おばさんは新しい客にしようと話しかけてくる、当然近くに住んでいるので話は合うが常連にはそんな光景は面白く無い。
それでも一人で何回か通った、カウンターの隅にトロフィーがあったので彼らに「これなんですか」と聞いてみた。
大きなトロフィーで短冊が何本かかかっていて「それはこの店の客でボウリング大会をやった時のものだよ」と返事があった。
「もうボウリングはやらないんだ」と言う、常連の中でも若手の地元の大きな運送会社の役員の修さんが「これからゴルフやろうと思ってるんだ」と言った。

「俺も入っていいですかね」と言ったら「大歓迎だ」と言ってくれた。
修ちゃんが常連のみんなに話しかけて早速ゴルフ会が実行にうつされた。

第一回が栃木の「あさひヶ丘カントリークラブ」で行われた。
そこで俺は何と81で回ったのだ(当然ぶっちぎりで優勝)、みんなびっくりして「なんで、あんなじいさんが・・・」・・・今から15年以上前です・・・。
それから俺はその店「稲」でも一目置かれるようになって、すっかり彼ら常連の仲間入りができたのだ・・・芸?が身を助ける。

「俺の本当の趣味は船での釣りなんだ」と言ったら、「船を仕立てて行こうぜ」になった。
それからしばらくは何人かでの釣り行脚が続いたのだ。
釣って来た魚は「稲の若大将」が捌いてくれるのでいくら大漁でも楽勝だった、釣ったばかりの魚を肴に大いに盛り上がったものだ。
当初の俺の目論見は十分に達成できたと思っていたが世の中俺の思うようには出来てないのだ。
この若大将が突如「うどん屋」をやりたくなったので、千葉の海岸の方に店を移すなんて言って「稲」は消滅してしまった。

常連は行くところが無くなってしまってみんなバラバラになってしまった。
ただ、釣り仲間は残って、特に「春さん・鉄行さん」らとその後毎月釣行を重ねた、そこに春さんの幼友達の勝さんが入ってきて5~6年は続いた。

ところが春さんの奥さんが具合が悪くなってそれもだんだん悪化してきて24時間タンを取ってやらなくてはいけなくなった。
主役の春さんを差し置いて俺たちだけでは気が引けたので釣りも行かなくなってしまった。

春さんはお子さんがいないので仕事も辞めて奥さんの看護をずっと続けた(正味5年間)。
その奥さんは病魔に勝てず昨日なくなった(飲み仲間の利夫さんから連絡あり)、春さんに電話したらがっくりしていた。
俺には到底できないであろう凄い看病だった、「看病を5年間も本当にご苦労様でした」といってあげた。

釣り仲間も長い付き合いのうちには勝ちゃんが亡くなったりと寂しい限りだが、人間は永遠ではないので運命に従うしかない。

今日は写真も無い長いブログになってしまった。



シルバーデイ

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高齢者施設のカフェの日・・・小さな厨房ではボランティアの方々がかいがいしく働いていた(皆さん10年以上手伝っているとのこと)

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厚川氏のお父さんの芭蕉の句のお話し

今日は午前中に長女と傾聴ボランティアに行っている高齢者施設のイベント(カフェの会)を見学に行く。
と言うのは「施設のカフェでコーヒーを淹れてもらえますか」とのリクエストがこの事務所の方からあったので実際出来るのか対象者が何人かを確認するために行ったのだ。

終わってから長女と上青木のカフェ「カレント」で昼食、マスターやおかあさんと談笑。

家に帰って昼から町内のシルバーサロンに行く(初参加)、コーヒーの会で顔を合わせている方々も大勢いた。
俺の年齢が若手だった、皆さんすこぶる元気な様子。
古代米が入ったお赤飯をご馳走になった。

色々考えさせられた日だった。

友人宅の庭の花

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ゴルフ仲間の明さんのお宅の庭は四季を通じて花が絶えない、この百合は外国産の百合で名前は忘れたと言っていたが見事な咲き具合だ

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チェリーセージ・・・ハーブの一種です

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オトギリソウ?

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聞いたけど忘れた

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キンシバイ

我が家がマンション住まいなので庭のある家が羨ましい、生まれ育った家はお稲荷さんや池まであったが親父が亡くなってから庭の無い家に変えてしまった。
引き継いでくれた弟のために屋上庭園を作ってやったが今は妹の娘が住んでくれている。

お稲荷さんの周りの植え込みの刈り込みをやらされたりと今思うと懐かしい(結構きつい作業だった)。
裏の小さな竹藪には毎年ウグイスが必ず来た(珍しい女竹の竹林)。
梅の実を収穫するために長男を連れて行った、長男は親父からご苦労賃をもらってた。
お隣の家との境を巡ってお茶の木の位置で地面争いをおやじ同士していたのが昨日のようだ(隣の地主はしぶといおやじだった)。

一軒家は空き巣が入るので(二回入られた)そのトラウマがあってマンションに住むことになった、便利ではあるがチョッと寂しい気もする。
歳を取ったらマンションは気楽だ(草むしりと落ち葉の掃除をしなくて済む)。
東京から埼玉に住むとは夢にも思わなかったがこれも成り行きかも、俺の人生成り行き任せだ。
プロフィール

カメ爺さん

Author:カメ爺さん
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 サラリーマン歴38年(北は仙台、西は福岡、転勤13回)いろいろあった会社生活だった。
(企業戦士というシーラカンス)
 定年後は8年間後輩の会社の手伝い、現役時代の暴飲暴食がたたり狭心症になる、カテーテル4回後ついにバイパス手術する、
退院後突如、毎日が日曜日になってしまった。
川口のマンションで妻と二人生活、
子供3人孫3人。
趣味は船釣り・ゴルフ・読書(池波正太郎・藤沢周平)喫茶店巡り・散歩

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